新検見川の桜もぼちぼち咲き始めた。平均するとまだ一分咲きくらいか。
蕾の状態はだいたいこんな感じ。今にも咲きそうだ。

花見川沿いの千本桜付近は、瑞穂の新しい橋の袂に赤いカンザクラが満開。

そこを上流方面に歩いて、花見川区役所のあたりはピンクのカンザクラが満開。


幼稚園生たちや、子連れのお母さんが気持ちよさそうにランチしている。
千本桜が咲くとこんな感じ。


ところで花園にグリーンベルトは2つある。
こちらは花園小学校の少し西北側にある3連のやつ。便宜的に
第2グリーンベルトとしておこう。

そしてグリーンベルト。

千葉市内の桜は今週末から来週半ばまでが見頃と思われます。
【“千本桜+グリーンベルト桜情報 2008”の続きを読む】
今年、2月の気温は平年より低く、3月は、これまでのところ概ね平年並み。
気象庁の開花予想によると、東京都千代田区:3月26日、
千葉市;27日、勝浦と館山:28日、銚子:30日となっている。
満開は開花の1週間前後、このまま暖かければ予定通り順調に行くだろう。
これは亥鼻橋袂の小道入り口↓

さて、花見川に架かる
亥鼻橋から汐留橋までの幕張側約1.3kmの小道(MapFanのルート検索を利用)には比較的若木ながら、道の両側に桜が植えられており、満開時には桜トンネルになる。(名称が見つからなかったので「花見川桜トンネル」。シンの勝手な便宜的命名)
*青文字クリックで出る地図は、右上の「+」「ー」をクリックして縮尺を変えられます。
これは亥鼻橋から見た桜トンネル↓



これは対岸の風景↓


汐留め橋側の入り口↓

去年この写真を撮った時にはもう満開を過ぎていたから、それほどでもなかったが、満開時は、カラオケやってる人や、バーベキューやってる人などでひしめいているらしい。
歌う方は気持ち良いのだろうが、こんな所でカラオケって、個人的には興ざめだな。
静かに楽しみたい人は早朝がおすすめかも。
2008年1月、【Go! Go! しんけみがわ】サイトをプチリニュアルいたしました。
それにかかりきりで、すっかり更新が遅くなってしまいました。
さて、正月に食べ過ぎて体が重くなったという方は、検見川を散歩しましょう。
江戸時代、江戸湾屈指の港町として栄えた検見川は、当時にぎやかな宿場町でもあったとか。
二代目歌川国輝(1830-1874)「上総・下総の海辺より富士を遠望す」

室町時代(1336年〜1573年)の著名な連歌師、紫屋軒宗長の紀行文に「はまの村をたちてけみ川という所に浦風あまりに烈しかりしば一宿して〜」という記述が見られ、既にこの頃には「ケミガワ」という音声表記が確立していたことがうかがえる。
花見川という川名にちなんで「華見川村」と呼ばれた時代もあったが、江戸時代以降はほとんど「検見川」が使用されているそうだ。(ちなみに幕張は「馬加まくわり」と書いた)
昭和8年ころの花見川橋(現検見川橋)↓

明治〜昭和42年(1967)東京湾埋め立てまで、漁師町として栄えた検見川。現在の国道14号の所から先は遠浅の干潟になっていた。
ここで養殖される海苔は品質もよく、あさりもよく採れたし、高級すしネタとして鳥貝や赤貝も東京から買い付けられたと言う。
「打瀬舟(帆船)」で行う底引き網漁は、検見川的特徴だったようだ。

そんな時代の生活をかいま見ることができる
「検見川郷土資料室」が
検見川小学校にあるのをご存じだろうか?

消防ポンプ車、半鐘、防火服など↑
2階の教室2つを使い、町民から寄贈された、漁具や農具をはじめ、写真や生活用品なども展示されている。
海苔を干す海苔しょうじと海苔下駄↓

下の写真で正面の壁に見える写真が打瀬舟。帆の上げ下ろしにはとても力がいるので、検見川の男はみな力持ちだったそうだ。なるほど、あのすごい神輿の担ぎ方も、そんな力自慢ゆえかも知れない。周りは漁具↓

また小学校玄関には海から見た検見川村の写真が展示してある。地形は変わっていないので、注意して見れば、ここが現在どうなっているか容易に発見できるだろう。


郷土資料室で情報を仕入れ、かつて高台から見えたであろう海や、賑わうメインストリートを想像しながら検見川を歩いてみてはどうだろう。
明治6年創立
「千葉市立検見川小学校」のHPはこちら*クリックで画像は拡大