し ん け み SPACE

花園陸橋ビル1
新検見川北口駅前・花園陸橋ビル テナント募集中!

ショップ、オフィス、共同使用OK。シャワー付きも2室
問)043-273-3470 または
メールフォーム
からお気軽に
花園陸橋ビル駐輪場
駐輪場1年まとめ払いなら2,400円オトク!

【Go!Go!しんけみがわ!】に広告掲載はいかが? 撮影やホームページ制作、ブログカスタマイズも承ります。
詳しくはこちらをご覧下さい。 各種お問い合わせは
【お問い合わせフォーム】
よりどうぞ。

天気-紫外線-放射能-地震

→千葉市の天気と注意報

↑時計下の絵をクリック

▶本日の紫外線情報
▶本日の放射線粒子分布
▶地震情報
▶列島揺震ライブモニタ
▶各区の避難場所
▶千葉県防災情報

もっとナイスな千葉にする提案

もっと話そうよ、千葉のこと

熊谷 千葉市は今どうなってる?千葉市長ブログ

市民オンブズ千葉バナー税金が正しく使われるよう行政と議会をチェック!

検見川送信所を知る会バナー
送信所利活用アイディア募集


いつでも里親募集中 犬猫里親NPOライフボート

千葉を愛するブロガーのポータルサイト「CHIBAZINE」

ちばし安全・安心メール

ちばし安全・安心メールは千葉市各区の防犯&防災情報をメールで配信。登録はこちらから↓

************
【緊急防犯情報】(振り込め詐欺情報)
振り込め詐欺と思われる不審電話が多発しています。
犯人は「千葉西警察署生活安全課」を騙っており「振り込め詐欺の犯人を捕まえた。あなたの口座が使われているかも知れない」等と言い、キャッシュカードを手に入れようとします。
また、犯人はキャッシュカードを受け取る時に、暗証番号を聞きだしてきます。
不審な電話があった際は、110番や最寄りの警察署・交番に通報してください。
千葉西警察署 043-277-0110


<メール配信サービス>
防犯情報(犯罪発生日報、緊急防犯情報、ワンポイント防犯情報)と防災情報(気象警報・注意報、震度情報、津波警報・注意報、災害時緊急情報、天気予報、アメダス情報、光化学スモッグ情報)や火災発生情報をメールで即時受信できます。
★登録・変更・配信停止はこちらから空メールを送信してください。

※携帯電話などで迷惑メール防止対策の設定をされている方は、登録前に「info@chiba-an.jp」からのメール受信が可能なように設定変更が必要です。
***************

◆詐欺被害急増!
不審な電話や郵便物は、消費生活センター043-207-3000千葉西警察署043-277-0110に相談を!

クリック募金

なんとなく誰かの役に立ってみたい気分の日にお試し下さい。 提携企業があなたに代わって募金します。(クリックするあなたには何の料金も発生しません)

最近のコメント

シンケミリンク

花園陸橋ビルバナー2
魅力ある新ケミづくりのため、まずはそうじとゴミ拾いから始めます_(^人^ )/

ゆい
オープンスペースゆい 地域であんなこと、こんなこと。色んな活動、一緒にやろう

きくち
「収蔵庫・壱號館」 日本の20世紀をメインとした建築画像&その他いろいろblog

検見川レイディオ
地域活動からバラ作りまで、アクティブで多彩な能力の持ち主

SHOGUN_LOGO
千葉ロッテマリーンズのファンはここに集合!

DECOR
インテリアデコレーターの輸入雑貨店。空間創りをお手伝い

HIRAOKA
本来あるべき「地域のかかりつけ医」を目指しています

たびたろう
3年でヒッチハイク570台!検見川や幕張の記事も多数

地下は暖かい。
日本全国野宿旅の記録

梅の湯ファンクラブ
梅の湯ファンによる梅の湯情報配信サイト

幕張フリースタイルバナー
集まれ。幕張を自由なスタイルで生きる人々

KAZENOOKA
「オペラを身近に」新検見川のオペラハウス。

mig
少人数制の本格的イタリア料理教室。

新検見川地域SNS「Go!Go! シンケミ」は、顔の見えるSNSです。防犯、不審者出没情報の共有からイベント企画、仕事情報、仲間同士の会議や地域の問題点改善まで、バーチャルな地域コミュニティ広場です。
完全招待制ですので、すでに参加しているお友達から招待してもらって下さい。

mixi参加者は1度、覗いてみて下さい。検見川地区を愛する人たちのコミュ。OFF会も盛ん!【I LOVE 検見川/本店】@mixi
他に、幕張・幕張本郷、海浜幕張、稲毛海岸支店あり。参加者募集中!

総武線各駅情報サイト

千葉-三鷹間、黄色い総武線各駅の情報サイトを集めていきたいと思います。

【幕張本郷】
仕事終わった?
管理人コーキチの「仕事終わった?」
は幕張本郷ウロウロブログ。曰く「幕張本郷の地域情報とロクデモナイ日記」。
街で見聞きしたあれこれを気ままに綴る不動産屋あんちゃんの日記。

【飯田橋】
IIDABASHI_LOGO


カウンター

最近のトラックバック

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
私たちの町のこと、もっとみんなで話そう、考えよう!
【もっとナイスな千葉にする提案BBS】はこちら

ケミガワ サンバ(産婆)

藤代いねさん85才。
昭和16年より看護婦、保健婦として中央保健所に勤め、その後、師であった検見川の産婆、梶取さくさんの跡を継ぐ形で地元の助産婦となる。
藤代いね
「助産師」と言うのは、1番新しいトランスジェンダーな言葉で、平成14年(2002)以降の名称だ。
戦後は「助産婦」(昭和23年/1948~) 、戦前は「産婆」、もっと前は「取り上げ婆」と呼ばれた。
名称変更は「婆」というのが蔑称であるという考えからのようだが、「婆」は長老的存在の女性に対し、尊敬と親しみを込めて使う呼称でもある。
こうした名称の変化は社会構造や職業アイデンティティの変化でもあり、言葉が新しくなるにつれ、親近感が薄れていくのは気のせいばかりと言えないだろう。
ここで登場するのは平成14年(2002)の助産師以前の話なので、あえて助産婦と表記させていただく。

昭和27年(1952)に独立、33年(1958)には自宅で助産院を開業。写真は結婚後、千葉信用金庫だった建物を買い、そこに住んでいた頃。
藤代いね
現在の建物は昭和43年に建て替えたもの。
以前、このお宅は検見川歴史探訪の「おびしゃ」で取り上げさせていただいたことがある。
藤代いね

藤代いね
平成13年(2001)に助産院を廃業するまでの50年以上、3人の子どもを育てながら、何百人もの赤ちゃんを取り上げて来た。
戦後はだんだんと病院で出産する人が増えたとは言え、昭和40年代の第2次ベビーブーム当時は、多い時で1日3人もの出産が重なるような、てんてこ舞いの日もあったと言う。
この手で取り上げた赤ちゃんは600人以上。
藤代いね
お産は時間を選ばない。無事に元気な赤ちゃんを産んで欲しい一心で、あるいは乳腺炎で苦しむ女性を一刻でも早く楽にしてやりたいと、呼ばれれば夜中であろうがどこへでも駆けつけた。そして時には何日も帰れない事すらあった。
藤代いね
また、こんな恐ろしいエピソードもある。
まだ自宅で助産院を開業する前、昭和27年のある夜、妹が産気づいたと呼びにきた若い男に連れられ、歩いて10分ほどの家まで助産に出かけた。
男は大きな秋田犬を連れ、犬が見えなくなると「ピューィ、ピューィ」と呼び戻していたのが印象的だったと言う。
後日、すぐ近くの家であった殺人事件の犯人がその男だったと知り、ゾ~っとしたそうだ。
男の名は栗田源蔵と言って、「おせんころがし殺人事件」をはじめ、日本の犯罪史に名を残す凶悪犯、5年間に8人も殺した男だ。
以下の書籍に詳しい
宣告 (上巻) (新潮文庫)宣告 (上巻) (新潮文庫)
(2003/03)
加賀 乙彦

商品詳細を見る
死刑囚の記録 (中公新書 (565))死刑囚の記録 (中公新書 (565))
(1980/01)
加賀 乙彦

商品詳細を見る

そんないねさんを常に支え続けたのは、お連れ合い、利信さん。
昼間は東京へお勤め、夜はいねさんを苦しむ産婦のもとへ運ぶコウノトリ ドライバーだった。
いねさんが「仕事を続けてこられたのは夫のおかげです。夫の助けなしにはできなかったでしょう。随分苦労をかけました。本当に感謝しています」と言えば、
利信さんは「産婆の亭主にゃなるもんじゃないって言うけど、ホントだよ」「この人はお産と聞くとそれしか見えなくなっちゃうんだから」と言って、わははと笑う。
人手が足りなければ、かまどで産湯を沸かし、医師の助けが必要なら迎えに行く。いねさんが疲れてだるくなればマッサージだってしてくれる。(理想の夫!!)
そんな利信さんは、産まれた赤ちゃんの「おぎゃー」を聞けば男の子か女の子か分かるほどになった。
藤代いね
「たった1回のデートで結婚した」2人は、今でもとても仲が良いナイスカップルだ。
これは2人が出会った当時の写真。
藤代いね
古いアルバムには「昭和の二枚目俳優風」にキメた利信さんの写真がたくさんある。

さて、古来日本では、出産は穢れとして扱われ、女性は1人産屋に籠って産むことを余儀なくされてきたが、時代を経るにつれ、近所の老婆がお産の世話をするようになり、徳川時代末期には半職業化していったと言う。
産婆が本格的に職業として組織化されたのは明治32年(1899)。免許制度が確立し、出産介助スペシャリストとしての教育もなされ、近代的知識も行き渡って行く。
しかし戦後は、アメリカ式の病院出産が主流となる中、千葉県内の助産師登録数は昭和30年(1955)の1,230名をピークに減り続け、現在では270名が、助産、保健活動をはじめ、妊産婦の不安やトラブルに寄り添ったケアを続けている。
【日本助産師会千葉県支部】では悩み相談から各種助産所の紹介なども行っている。
これはお産に使う道具と往診鞄。
藤代いね
助産婦の仕事は、正常な分娩で赤ちゃんをとりあげることはもちろん、妊娠中から産後まで広範囲にわたる。例えば妊娠中は、「逆子をお腹の上から回して正位置に戻す(外回転術)」産後は「乳房や乳首のマッサージ(乳腺炎対策)」や「保健指導」、そして何と言っても「同性の立場から、また、経験豊富な者として、妊産婦の不安やトラブルを親身に聞いてアドバイスしてくれる」などだろう。
これは出張助産キット
藤代いね
助産婦会千葉県支部「65年の歩み」の手記には、昭和に活躍した助産婦たちが、自らの天職に誇りを持ち、時には土地の古いしきたりや迷信と戦いながら、嵐の日も雪の日も、昼夜を問わず、新しい命とその母のために走り回った様子が生き生きと描かれている。
↓出張助産キットの新生児体重計(折りたたみ式)
藤代いね
お世話した人たちから届く感謝の手紙はいねさんの宝物だ。
「この仕事をしていて本当に良かったと思います。人のお役に立てるのはありがたいこと、私の生き甲斐でした」
現在は現役を引退したが、今でも身内の出産には駆けつけることがある。
いねさんにとって助産婦はまさに天職、波乱多き昭和に生きた彼女の人生そのものなのである。

検見川町3-120 (旧)藤代助産院
画像はクリックで拡大します。
関連記事
私たちの町のこと、もっとみんなで話そう、考えよう!
【もっとナイスな千葉にする提案BBS】はこちら

コメント

こんにちは、極さん
好きな事を仕事にすれば、多少つらくても楽しめますし、楽しめば良い仕事ができますよね。
たぶんそれが「継続的にポリシーを貫く」秘訣なんじゃないかと思います。
でも現代、あまりに効率と成果のみ優先する事を求められる中で、多くの人が本来の働く楽しさを見失ってしまうのかもしれませんね。

きくやの新井さんといい、助産婦の藤代さんといい、生きてきた歴史や尊厳を感じますね。自ら振り返った時、自分に、そんな実感を味わいたいと思いました。毎日の忙しさの中に、一つのポリシーを継続的に貫くって簡単ではないですよね。改めて、決して豪華絢爛じゃないけれど、セピア色とかモノトーンの味わいのある、美しさを感じました。そんな事を感じさせるシンさんの感性にも、恐れ入りました。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL:

FC2Ad

相続 会社設立

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。