
■保存に向け第一歩
「ほぼ満月ただの月見@検見川送信所」が10月27日午後3時から、千葉市花見川区JR新検見川駅近くの貸しスペース「はなのわ広場」で行われました。

同イベントは、花見川区在住の山梨英和短大名誉教授(放送論)・仲佐秀雄氏が代表を務める市民グループ「検見川送信所を知る会」が主催したもの。
中学校用地に予定され、取り壊しの方針が決まっている検見川送信所(吉田鉄郎氏設計、1926年竣工)の歴史的な価値、建築的な価値を再認識しようとイベントを企画。NHK(日本放送協会)から依頼を受けた送信所が1930年10月27日、浜口首相によるロンドン軍縮会議締結記念演説を米英に向けて放送。これが日本初の国際放送となったことから、77年後の同日の開催を決めました。月齢を見ると、折りしも、ほぼ満月。「送信所で月見が出来たら」という意図でした。
同会は9月下旬に立ち上げ、インターネットで広報活動を行う一方、地元町内会、市議とも接触を図ってきました。10月7日付の地域フリーペーパー「朝日マイタウン情報」、10月12日付「朝日新聞」に活動及びイベントの詳細が紹介され、その存在がクローズアップされるようになりました。

会場では、河童画人として知られる牛久ひろし氏が描いた「送信所で月見をする河童」の絵、昭和5年に描かれた松井天山氏作の「検見川町鳥瞰図」、区画整理の現状を表す都市計画地図、1930年当時、現在の送信所を撮影した写真、資料などを展示。参加者が食い入る姿も見受けられました。

残念ながら、当日は台風20号が吹き荒れる悪天候でしたが、50人近くが参加。
静岡県などから駆けつけた検見川送信所OB会3人、菊谷秀雄初代所長の遺族、建築家協会、産業考古学会、地元・検見川連合町内会会長、県内の画家、自民党・川村博章、新政ちば・山本直史、民主党・今村敏昭、同・熊谷俊人、市民ネット・長谷川弘美市議、山中あきこ国会議員秘書が駆けつけるなど関心の高さを物語っていました。

■建築関係者、送信所OBが講演
講演 イベントではウェブサイト「分離派建築博物館」のきくち氏が建築的な見地から、送信所OBの江尻昭正氏は働いていた者の立場から、それぞれ講演がありました。
きくち氏は「逓信省により、いわば戦前当時のハイテク最先端技術の拠点としての役割を担うべく建設された検見川無線送信所は、デザイン面においても日本の近代建築黎明期にこれを先取りした先鋭的な建築であり、また、作者であり近代建築の数々の名建築を生み出した逓信省技師吉田鉄郎の初期の建築作品として数少ない現存事例である」と言及。
江尻氏は「飲食施設がない中、苦労しながらも、所内では”助け合い”の精神があり、鍵をかけなくても安心していられた」といった知られざる所内の様子について語りました。
フリートークのコーナーでは、参加者から積極的に保存への意見が飛び出しました。また、町内連合会会長からは、「私自身、送信所の意義など知らなかった部分があります。町内も知らない者が少なくない。持ち帰って、報告したい」と発言。
■嵐の中の見学会
想像以上の悪天候に実施も危ぶまれた送信所見学会でしたが、希望者は多く、車で来場した参加者の善意により、車で現地まで向い、少しの間だったが、見学することができました。

■2時間以上に渡る懇親会
懇親会 その後、午後5時半から行われた懇親会にも18人が参加。自己紹介を兼ねながら、個々の思い、送信所の今後について、さまざまな具体的な意見が飛び出しました。約2時間半に及ぶ内容でした。

■専門家「国の指定文化財の要件を満たしている」
専門家は「行政は発掘の方ばかりに目をやっていて、地上に建っているものを見ようとしない」と指摘。建築家協会の保存担当者は「協会にも、今回の動きについて報告したい、保存を訴える要望書についても会にかけたい」と提案。
産業考古学会関係者は「送信所は国の施設として作られたもので、国の指定文化財としての要件を満たしている。学会としても、働きかけたい」と申し出。「保存だけでなく、地域住民の声をいかした利活用が大事」という意見があがりました。
■吉田鉄郎建築をめぐって
送信所の設計者である、吉田鉄郎建築をめぐる話も出ました。10月からの郵政三事業民営化によって、東京中央郵便局、大阪中央郵便局に高層ビル化計画が持ち上がっています。東京では超党派の国会議員が取り壊しを反対していると報告されました。仲佐代表は朝日新聞に掲載された安藤忠雄氏のインタビュー記事を紹介。

「都市への思い共有を」安藤忠雄氏、東京に「歴史の回廊」提唱
2007年10月23日11時28分
――安藤さんは東京、大阪の駅前にある中央郵便局(いずれも設計・吉田鉄郎、東京が1931年、大阪は1939年)の保存も主張する。戦前は「東京駅が明治、丸ビルが大正、東京中央郵便局が昭和を代表する」とされた。旧・丸ビルはすでになく、中央郵便局も姿を消すと……。
「装飾をそぎ落とした近代建築のよさは一般にはなかなか理解してもらえないが、なにより、もう80年近くもそこに存在して、景観として定着しているんですよ。よくみれば新表現の追究に込めた当時の建築家の意気込みが伝わってくるはず」(安藤氏発言抜粋)
■与野党市議「市側に重要性訴えていく」
自民党の川村市議は行政の現状について報告。市議会では地元の声を受け、「送信所を地域文化財に指定してほしい」と要望していましたが、「もっとランクの高い国、県、市の文化財としての価値があり、市側に訴えていきたい」と発言。教育員会トップを現地に案内し、理解を求めたと話しました。市民ネットの長谷川弘美市議も「送信所の重要性は理解しました。市側にも訴えていきたい」と発言。
山中あきこ議員秘書も「勉強になりました。検見川送信所、中央郵便局をめぐる現状については山中議員へ報告したい」と話しました。
送信所のOBからは「建物の重要性ばかりが着目されているのには違和感を覚える」との声も。所員は1979年の閉局にあたって、「送信所周辺を地元に還元できるよう公園にしたらどうか」と提案されたそうで、その考えは間違いでなかったと思うと同時に、今になって、という複雑な思いもある」と語りました。

■「保存には寄付が必要」「市民、有志によるDIYも」
【地元の年配者】
「保存にはお金がかかるところもあり、寄付という考え方をしなければいけない」
【県外の方】
「草を刈ったり、壁を塗ったりと専門家でなくともできる部分はあるはず。有志で修復もあるだろう」
懇親会は午後8時に終了。なお、イベントは無料としましたが、会場でカンパ43,444円が集まりました。ご賛同ありがとうございました。
●千葉テレビで14日午後9時から放送決定
今回のイベントの模様が千葉テレビ「ニュースC-master(ニュース・シーマスター)」(月〜金曜、夜9時から9時55分)の11月14日(水)放送分で 約10分間、特集されます。千葉近県の方はぜひ見てください。また、「千都よみうり」の取材も受けました。

●1930年の検見川送信所の物語を小説化
検見川送信所が1930年に行った日本初の国際放送の舞台裏を小説化しました。
「1930年10月のスパイダー〜検見川無線のプロジェクトX」という題名で、初代所長・菊谷秀雄さんの自伝「検見川無線の思い出」(自費出版)を基にしたものです。
メールの場合はPDFファイルにて無料配布、郵送も可能です。事務局まで問い合わせください。
●検見川送信所を知る会メンバー募集
「検見川送信所を知る会」ではメンバーを募集しています。「送信所を残したい」「送信所について知りたい」というお気持ちの方は、どうぞ会員登録をお願いします! 数が大きな力になります。今後も見学会、シンポジウムなどを予定しています。検見川送信所にご興味あるかたなら、全国どなたでも。
入会は無料。会はカンパによって運営しています。会員の方には会報などをメール、郵送にてお送りします。
お名前(ふりがな):
ご住所:〒
電話番号:
メールアドレス:
をお知らせください。
また、検見川送信所の保存、利活用についてのご意見を募集します。ご意見はメルマガにて紹介させていただきます。
すべての問い合わせ先
メール:kemigawamusen@mail.goo.ne.jp(事務局)
発行:「検見川送信所を知る会」事務局
【検見川送信所保存計画】ホームページ
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月見会参加者たちのブログに、感想や報告があります。
慧俊さんのブログ
まさやんさんのブログ
河童画人さんのブログ
熊谷としひとさんのブログ
11/17検見川送信所 緊急ミニ見学会のお知らせ!
上記見学会のミニムービーができました。(by 久住コウ)























